突然ですが、「局所再発と転移の裏事情」の回のブログでmiyaさんにコメントをいただきました。

非常に的を射たコメントでした。なので全文を紹介させてもらうことにします。

 

<突然失礼いたします。
(温存手術と全摘手術で)生存率に変わりがないのは、「自覚症状や検診での異常が出てからすぐ再発治療した場合」であって、再発を放置すれば当然初発と同様ステージが進み、生存率は下がるのでは?
ですから手術後や治療中も検診は必須になっているのだと理解しています。>

 

たった数行で素晴らしく内容のまとまっているコメントですね。ぐだぐだ長い文章しか書けない僕からすると、自分との言語的なセンスの違いに驚愕するレベルです・・・素晴らしいです・・・

 

き、気を取り直して、内容について考えてみます。

多くの人がmiyaさんと同じように思われていることだと思います。僕も以前はそう解釈していました。そしておそらく多の医師もそんな感じで説明するでしょう。

おそらくmiyaさんもどこかでそう説明されたか、そういう文章をどこかで読んだのでしょう。

ですが、この説明は明らかな矛盾を含んでいます。

 

まず、コメント欄の僕の返信にも書いたことですが、温存手術後に局所再発してしまった場合、乳がんの腫瘍が初発の大きさより小さい内に見つけられるとは限らないです。

もちろん、密に検査を行えば、初発時より小さい段階で見つけられる可能性は高いです。ですが、必ず初発時より小さい段階で見つけられるとは限らない。

もし、温存手術と全摘手術で生存率が同じである前提が「局所再発時に必ず初発時よりがんの腫瘍が小さい段階で見つける」であって、「局所再発時に発見が遅れた分だけ、生存率が下がる」となるのなら、これはとてつもなく危険なことです。

現在は乳がんの検査機器が発達してはいるものの、一つの検査方法で確実に乳がんを見つけるものはないです。なので視触診、マンモ、エコー、MRIなどを組み合わせて、なんとか発見できる精度を上げているのです。

それらを組み合わせても、確実に発見できる乳がんの腫瘍の大きさは、せいぜい1cmくらいからのはずです。1cmでも「確実」とは言えないのではないでしょうか。

 

現状はこのような乳がんの検査の精度なので、局所再発時に確実に初発時より小さい段階で乳がんを見つけるのは無理なはずです。

そして、原理的には初発を発見した時の乳がんの腫瘍が小さければ小さいほど、局所再発時に初発時と同じ大きさまでに見つけるのが困難になるはずです。

現在の技術だと、5~7mm程度で乳がんが見つかる場合もあります。それはとてもすごい技術だと思うのですが、局所再発時に、やはり同じ5~7mm程度で確実に見つけないと生存率が下がってしまうのならば、恐くて温存手術はできないはずです。

初発乳がんの発見時に小さければ小さいほど、局所再発時に同様の大きさで乳がんを発見することが難しくなり、局所再発時に初発の時より転移再発率が上がってしまう。これを阻止するためには、初発で見つかった乳がんが小さければ小さいほど、温存手術ではなくて全摘手術が推奨されなければいけなくなる。

完全に矛盾しています。

そして、僕の説明も完全に分かりにくい・・・

 

どう説明すれば分かりやすくなるのでしょう・・・

こう言えばどうでしょう。

温存手術と全摘手術で生存率が変わらないと証明されているのならば、局所再発するかしないかに関わらず生存率は変わらない。(なぜならば、温存手術の方が全摘手術より局所再発率が高いから。全摘手術は基本的に局所再発はしない。)

そして、局所再発するかしないかはもとより、局所再発を発見するまでの時間や、してからの治療方法にすら関わらず、生存率は変わらない。

逆に考えて、

上記のように仮定しない限り、温存手術と全摘手術で生存率が変わらないとは言えない。

また、術後の検査の精度に生存率が依存してしまうようでは、温存手術は危険であり推奨されない。

 

現実問題で、最新で高精度の検査を術後に受け続けられないと数%でも生存率が下がってしまうようであったら、温存手術は成立しません。

これをさらに逆に言うと・・・そして、この理屈から帰着する結論は・・・

 

あ、あんまり腫瘍の大きさは生存率に関係ないような気がするな~

オンコタイプDXの項目にも腫瘍径はないらしいな~

そうすると、乳がんの見方が大きく変わっちゃうな~・・・

 

 

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前回と前々回のブログで、僕は「大人の事情」を連呼しました。

申し訳ありませんが、察していただければありがたいです。ネット上で何かや誰かを批判する場合には細心の注意が必要なのです。

僕が彼女の主治医を批判する程度ならば、個人的な恨みつらみくらいの話にしかなりませんが(本来はこれもいいことではないですね・・・)、前回と前々回の批判の内容は、現在の乳がんの標準治療に対するものになってしまいました。

多くの乳がんの患者さんが、今現在日本では標準治療を受けているわけで、それを批判することは、今まさに治療をしている医師と治療を受けている乳がん患者さんを批判することにつながりかねません。

 

僕としては、そういった今現在の進行形で乳がんの治療を受けている人に対して、少しでも参考になることを書き残そうと思っています。

なので、現実的に医師とのやり取りの中で、患者の選択できる部分の治療に対して、有効になる情報を集めているつもりです。

僕が彼女の主治医に対して怒りを覚えたのは、その選択自体をさせようとしない姿勢を医師が取ってきたからです。

ここで僕は、「なんでこの医師は、患者の意思を尊重しないような態度を取るのだろう?」となったわけです。

この医師が患者のためを思って、誠実な理由で患者の選択を医学的に否定したのではないことは明白でした。

その答えが「大人の事情」だったわけです。そして、大人の事情に従っているのは、どうやらこの医師だけに限ったことではないようなのです。

今現在、日本で乳がんの標準治療を行う医師は、多かれ少なかれ大人の事情を内包しています。

 

医療否定本で有名な某医師は、著書でも、僕と彼女が行ったセカンドオピニオンでも「日本のがん関係の医師は、とにかく患者を脅して、治療に持ち込もうとする」と言っていました。

この医療否定本で有名な某医師に対する反論として、「この医師の言うことは極端で、話を大げさに語っている」というものが多いです。なので、僕と彼女はセカンドオピニオンが終わった後で「噂通り、言ってることが大げさだったね」と言うように話していました。

しかしその後、その大げさな話だと思っていたことが、現実に彼女の主治医によって僕たちの目の前で繰り広げられたのです。

あれは、「脅された」という表現が、他の何よりも一番ぴったりする表現だと思います。

 

また、ネット上で乳がん患者の質問に多く答えている某医師への質問を見ていても、質問者である患者がその主治医に言われたという内容は「脅された」と言えるようなものが本当に多いです。

不必要な直接的に関係のない危険性まで患者に告げて、その医師の勧める過剰気味の治療を行おうとするのです。

このネット上で乳がん患者の質問に答えている某医師は、そういう「ここまでやる必要があるのですか?」という質問に辟易している様子でした。

 

僕が言っていることも、今更なのかもしれません。

以前から、風邪を引いただけの患者に抗生物質を飲ませる是非が問題になったり、血圧降下剤を上が130くらいから飲むことを推奨するのがおかしいのではないかと議論になったり、ワクチンの副作用が問題になったり・・・

日本の医療は以前から健全ではない部分も大きかったのが実態なのでした。

 

ですが、現在の乳がんの標準治療を批判しても、何も生まれませんね。

これからは、なるべく批判はせずに、「別の方法もあるんじゃないのかな~」的にゆるく書いて行こうと思います。

「僕なら、こう考えるな~」

「僕なら、その治療法より、こっちの治療法を取るな~」

「僕なら、その医師の言うことより、こっちの医師の言うことを信じるな~」

「僕なら、この病院を見切って、こっちの病院に転院するな~」

「僕なら、どの医師でも言ってることは結局は大同小異だと思うから、日本の乳がんの標準治療自体がおかしいんだと思うな~」

・・・

しゃ、しゃべり口調を変えても、何も変わりませんでした・・・

ぼ、僕の性格の問題でしょうか・・・

 

とにかく、僕は僕の視点からしか意見を言えません。素人なので、医者が言うことがおかしいと言うのは出過ぎたことなのかもしれません。

ただ、慎重に情報を集めていくと、医師の間でも意見が違っているものもあります。

それだけならまだしも、医師の間で合意されているはずのことに対して、医師自身が矛盾してしまっていることもあるのです。

温存手術の局所再発について、僕はそれを強く感じました。

 

「それは間違っているぞ!」と声高に僕が主張するのはいろいろと問題がありそうなので

これからは、「間違っているんじゃないかな~」くらいのスタンスで行きたいと思っています。

 

僕は乳がん治療の業界には、

「何か大人の事情があるんじゃないかな~」と思っています。

 

 

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