僕から見ると乳がん治療はギャンブルです。
なぜなら、がん治療のほとんどは予防だからです。予防なので、確率的にしか結果は分からないのです。
がん細胞はそれ自体では人間に悪い影響を与えません。がん細胞が増殖して、その結果として重要臓器の機能が落ちることで人間に影響を与えます。
なので、がん治療は将来がんが増殖して重要臓器に影響を与えることの予防として、がんの増殖を防ごうとしているものです。
今ある生活と健康をBET(ギャンブルでコインをかけること)して、将来の生活と健康の改善を確率的に得ようとしているのです。
今の生活と健康をBETして、BETした分以上の将来の生活と健康が戻ってくるかもしれませんし、残念ながら、何も戻ってこないかもしれないのです。
がんはどのステージにあっても、無治療で天寿をまっとうできる可能性があります。しかし、どのステージからでも、死の危険はあります。
甲状腺がんや前立腺がんなどは、そこにがんがあっても健康的に一生を送れる可能性が比較的高いらしいです。
実は乳がんも、人間のすべてのがんの中では、大人しい方のがんであり、死亡率の低いがんなのです。
なので、乳がんはどのステージであっても何も治療しないという選択肢はあってもよいのかもしれません。
もちろん乳がんが発覚して、何も治療しない人は、現実的にほぼいないと思いますし、僕も彼女にはお勧めしません。
ですが、無治療という選択を選択肢の中の一つとして常に頭に入れて置かないと、がん治療がギャンブル的(確率的)であるという重要な事実を忘れてしまう可能性があるのです。
がん治療の効果はあくまで確率でしか分からないことであるという事実を忘れてしまうのはまずいです。
自分の今の健康をBETする(今は何もがんによる健康被害はないのに、将来の健康被害を予防するために、今副作用の強い治療をやる)のですから、慎重になるべきです。
BETするコインの枚数(副作用の大きさ、何種類のがん治療を受けるか)をよく考え、当たる確率(無治療での再発率と、治療後の再発率)もよく考えるべきです。
少しでも再発の可能性を下げるためにやれる治療は全部やる、という考え方は間違っていませんが、それは選択肢の一つです。
他の選択肢の一つとしては、今何もやらなくても将来がんが再発したり、がんが原因で死ぬとは限らないから、今不健康になる治療は何もやらない、というのもあり得るのです。
僕はこれらのどちらを取った方がいいのかは分かりません。というか、どちらがいいかは、その人のがんの状態と、その人の人生の価値観で決まることだと思います。
ただ、がんの患者に対して(僕は彼女に対して)、すべての選択肢を出してあげることと、その期待値を示してあげることが重要だと思うのです。
期待値とは、成功した時の報酬に、成功する確率をかけ合わせたものです。
がん治療の場合、どんなに効果が高い治療法だったとしても、ごく初期のがんで無治療でも再発の可能性が低いならば、その治療の期待値は低くなります。
逆に、副作用が大きい治療法でやるのをためらうようなものでも、無治療での再発率が高いがんの状態ならば、その治療を試す期待値が高くなります。
こういう考え方は、そもそもすでに今の乳がんの標準治療に組み込まれています。例えば、ルミナール型の初期の乳がんには標準治療では抗がん剤を使いません。
どんなに初期だとしても、再発率は0%ではないので、その再発率を0%に近付けるために抗がん剤を使うべきなのでは?と思われる方もいるはずです。
ですが、抗がん剤の副作用大きさと、抗がん剤を使って下げられる再発率を掛け合わせると、期待値が悪くなってしまうので、標準治療では初期のルミナール型の乳がんには抗がん剤を使わないのです。
同様に、転移が起きたがんには手術を控える場合があります。これも手術で受ける患者の体の負担の大きさと、その部分のがんを取り出すことのメリットと考え合わせた期待値が悪いのです。
患者が治療の期待値(つまるところ治療のメリットとデメリットのバランス)を考えないと、医者がよく説明せずに勝手に患者の健康をBETしてしまうかもしれません。
僕の彼女の主治医はそうしようとしていました。
僕はその経験から、治療法の期待値は自分でしっかり考えなければならないと思いました。
そして、そのためには、常に無治療と治療した場合の比較が必要だと思っています。
多くの人はギャンブルに悪いイメージを持っていると思います。僕も好きではないです。ギャンブルは人間の美点である建設的な行動を壊してしまう可能性があるからです。
一生懸命頑張っても、それが運によってすべてなくなってしまう可能性もありますし、逆に、怠けていても、運さえ良ければ多くを手に入れてしまうのです。
ですが、ギャンブルが好きな人も多く、のめりこまずに適度に楽しんでいる人も居ます。ギャンブルに建設的な心を壊されない人です。
そういう人にとっては、もしかしたらギャンブルは趣味として有益なものなのかもしれません。
か、彼女はギャンブルが好きなのです。
まあ、彼女の趣味としてギャンブルを認めるかどうかは置いておいて、ギャンブル好きな彼女とギャンブル嫌いな僕が、がん治療というギャンブルについて意見が分かれるのは当然だと思った次第です。
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