「術後補助療法」という言葉があります。がんに関する用語で、おそらくがん患者自身やその家族ならば、そのままの意味としてすぐに理解できる言葉だと思います。

「アジュバント療法」は術後補助療法とほぼ同じ意味で使われる言葉です。

乳がんでの術後補助療法は、手術後に行われる、化学療法=抗がん剤治療、ホルモン療法、分子標的治療(主にハーセプチン)などです。

乳がんについてあまり知識がない人ならば、乳がんの治療は手術をして終わりだと思っている人も多いはずです。

そういう人が聞いても「術後補助療法」という言葉は分かりやすいもののはずです。手術の後にする補助的な治療だろうと、すぐに推測できる語感です。

また、乳がんに関する論文などで、この言葉はよく使われるようです。純粋に「手術後にする治療」という意味の言葉が、乳がんに関する論文では多く出てくるはずで、それら全てを指す統一された単語が必要です。

論文は英語で書かれるので、そこで「アジュバント療法」が使われるようです。

 

ただ、この「術後補助療法」という言葉ですが、現在の日本の乳がんに携わる医療機関では、(僕が検索した限りでは)あまり積極的に使われていないようです。

手術後に行われる、化学療法、ホルモン療法などを総称する用語としては、「再発予防」と呼ばれたり、基本的に薬を使うことになるので「薬物治療」などと呼ばれたりします。局所再発予防としっかり区別するために「転移再発予防」と呼ばれる場合もあります。

その場合は「手術後にやる」という意味が抜けてしまうことになるので、「術後補助療法」という言葉の意味をそのままは表せません。しかし、多少意味が変わってしまっても、あえてそう呼ぶ医療機関が多いようです。

彼女が手術を受けた病院でも「術後補助療法」という言葉は使われませんでした。「再発予防」か、もしくはただ「治療」と呼ばれました。

 

「術後補助療法」という言葉は、手術後に行われる化学療法やホルモン療法などを総称するには、語感的に非常に適切な言葉です。なのに、なぜあまり使われないのかは、僕の考えでは明白です。

「術後補助療法」はまったく「補助」ではないからです。むしろ乳がん治療の根幹部分です。

このことを患者に勘違いさせないために、「術後補助療法」という言葉は、患者に対する説明などで積極的には使われないのではないでしょうか。

 

小林麻央さんの乳がん治療歴について2」の回のブログで書いたことなのですが、例え先進の技術を使ってメスを使わずに乳房内のがん細胞を全て焼き切ったとしても、それだけでは全身に対する治療はまったくしていない状態で、無治療と言えます。

乳がんの治療は転移を阻止するための治療です。(転移が発見されたあとも、それ以上の転移を阻止する治療が大きな部分を占めます。)

乳房内に発見したがん細胞を取り除くことは、乳がん治療全体から見れば、一部分に過ぎません。

むしろ、乳房内から取り出したがん細胞を分析した病理結果から導き出される、最適な全身に対する治療が(それが「術後補助療法」と呼ばれるもの)、乳がん治療で一番重要な部分です。

極論すると、乳がんで手術をするのは、病理検査を正確にするためなのです。まあ、これは極論ですが・・・

ですが、乳房内に取り残したがん細胞が再び増える「局所再発」は転移することとは違い、命の危険には直接関係がないことからも、乳房(局所)の治療よりも、全身の治療の方が重要だと思えます。

 

しかし、乳房(局所)の治療よりも、全身の治療の方が重要だとなると、問題が起きます。

このブログでは何度も書かせてもらっていることなのですが、乳がんは手術が終わった段階で、もしかしたら微細な転移が既にあるかも知れないし、まったく転移はないかも知れないのです。(「彼女はすでに転移しているかもしれない」)

現在の検査の技術ではごく小さい転移巣は発見できないです。

手術時に微細な転移がまったくない場合は、乳房のがん細胞を取ればそこで治療は終了のはずです。それい以上に何か副作用のある薬を使うことは、患者にとって害にしかなりません。

手術時に(今の技術では発見できないくらいの)微細な転移が体のどこかにあった場合は、その段階で(転移巣が小さいその段階で)、全身に対する治療を十分に施したいはずです。

その二つの判別が、今の技術ではできない。なので、手術時点のステージや病理検査の結果、年齢や家族歴などの総合的なデータから転移している可能性を確率的に推測し、その確率に合わせて「術後補助療法」=再発予防=薬物治療のするしないと強弱を決めるのです。

 

微細転移がある可能性の高い患者が「術後補助療法」に対して「『補助』的な治療ならば、もういい。手術でがん細胞を取ったのだからもう十分でしょう。」と思ってしまうことは非常にまずいはずです。

大きな勘違いです。実際のところは分かりませんが、小林麻央さんのように標準治療を拒否して民間療法に頼ってしまう乳がん患者は、この勘違いをしている可能性があります。

なので、こういった患者に「術後補助療法」という言葉を使って説明することは好ましくないです。

逆に、微細転移がある可能性の低い患者に対しては、本当に「補助」的な治療になるわけですから、「術後補助療法」と呼びたいわけです。ですが、患者の乳がんの状態に合わせて、それらの治療を指す言葉を変える訳にもいかないです。

なので、「術後補助療法」という言葉は、微細転移がある可能性の低い患者に対しても使えないことになります。

 

医師は勘違いなどしないので、学会などで「術後補助療法」と呼んでもまったく問題ないのでしょう。

「術後補助療法」という言葉と同じ意味で、それに代わって患者に誤解を与えない適切な言葉が存在しないことが、現在の乳がん治療の微妙な部分を表していると思います。

 

 

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