前回のブログ(「最善の病院で最善の医師に治療してもらいたい」)を書いていて、僕は彼女が乳がんで入院する直前のことを色々と思い出しました。

乳がんは、手術の前の患者に分かることは少ないです。なので不安になります。

いや、正確に言うと、手術の前に患者が乳がんに対しての知識を多く持っていることは稀なので、医師に何を言われても大丈夫なのかどうかが分からないのです。

そして、彼女が手術をした病院では、具体的な情報を教えてくれることはあっても、それがどういう意味合いを持っている情報なのかは、ほとんど教えてくれませんでした。

医師が主観的な発言は控えるような風潮のある病院でした。

 

乳がんの手術の直前には、MRI検査によって乳がんの正確な広がりを把握します。

また、手術前の針生検やマンモトープ生検で、乳がんのサブタイプが分かっていることが多いです。

かなり正確なしこりの大きさも、乳がんの顔つきも分かっているのです。

ですが決して、手術後のおおよその生存率や再発率などは教えてもらえませんでした。

それらをしつこく教えてくれとは言わなかったからでしょうか。

しかし、そこまで分かっていることを、僕はその時点では理解できていませんでした。

なので、何を聞いたら「大丈夫なのかどうか」が分かるのかすら理解していなかったです。

そして、医師はそういったことを、あまり説明してくれませんでした。

あの頃、僕は彼女の乳がんを不当に恐れていました。

 

「おそらくステージⅠだろう」とは、複数の医師から聞きました。ただ「おそらく」ということは、そうでなくなる場合もあるのだとしか理解できませんでした。

彼女のお母さんは、知り合いに「ステージⅠでも助からない場合も多いらしいよ」と心無いことを言われたらしいです。

また、彼女は針生検の結果、ki67が高い、となっていました。ki67とは増殖能です。

増殖能が高いということは、たとえステージⅠでも危険なのではないか?という考えで頭がいっぱいになりました。

 

現在の乳がんの治療では、あらゆる検査をして、乳がんに対してあらゆる評価をつけます。

乳がんの危険性を表す指標がとても多いです。

多くの指標の全てが安全だとなることも、全ての危険性が高いとなることも、ほとんどないです。

なので、乳がんの状態は千差万別なのですが、どの乳がんをとってみても、何かしら危険だと評価されてしまう項目が最低でも1つや2つあるのが普通です。

その一つだけをとって、例えば彼女の場合は「ki67=増殖能が高い」などと言われてしまうと、とても心配になります。

つまり、不当に心配になる要素は、誰のどの乳がんにもあるのです。

そういう心配な要素を全てひっくるめた(加味した)上での、乳がんの生存率や再発率であって、「危険な要素があるからステージⅠでも危ない」という考え方は間違っているのです。

そのことは、手術の前には知る由もなかったです。そして誰も教えてくれませんでした。

 

これらのことは、少し理解しづらいです。ある意味では数学的なことだと言えます。パラドックス(逆説)です。

乳がんの治療には数学的なパラドックスが付きまといます。なぜならば、現在の乳がん治療は確率的に行われているからです。

乳がんのパラドックスで一番大きいものは、「あの人は乳がんの治療が遅れたから助からなかった」というものです。

どんなに早期で乳がんを発見したとしても、転移再発率はゼロにはなりません。逆に、どんなに発見が遅れたとしても、生存率がゼロになることはありません。

なので、乳がんはどの時点で発見して治療したとしても、後にその人が乳がんでなくなった場合、発見が遅れたから助からなったなどとは絶対に言い切れないのです。

発見が早かったら助かっていた「かもしれない」だけなのです。発見が(何年何か月)早かったら、(何%)助かる確率が高くなるかという具体的な数字は、今のところまったく分かっていません。

「(何%)助かる確率が高くなるか」は、おそらく多くの人が思っている以上に低い数値になります。

乳がんは、発見が多少遅れても、その人が助かる助からないが決まる可能性は大きく変動しないということです。

だからこそ、乳がんはステージⅡ以下では生存率が非常に高いわけですし、だからこそ、手術の待ち期間が数か月に及んでしまっても、病院側は「他の病院で手術した方がいい」とは言わないのです。

この事実は、ほとんどの乳がん関係の医師は当然知っています。ですが、上手く説明できていない場合が多いのではないでしょうか。

 

彼女が乳がんの診断を受けてから手術にこぎつけた期間は4か月くらいありました。

彼女が「手術待ち期間の間に転移してしまうことはありませんか?」と医師に尋ねた時に、その医師は「大丈夫だと思いますが、心配なら他の病院の紹介状を書きます」と言ってきました。

まともな説明になっていませんでした。それを聞いて、むしろ怖くなった覚えがあります。

その時の自分にまともな説明をしてあげたい気分です。

 

 

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