患者は主治医に全幅の信頼を置くべきです。乳がんの手術や治療をお願いする医師ならば、信頼を置かずに任せることなどできません。

そして、僕には何の根拠もなくひたすら信頼することは無理です。ただ、僕の彼女は比較的権威に弱いところがあるので、大病院の乳腺専門医というだけで根拠なく信頼を置いてしまう傾向もありましたが・・・

僕ならば、医師に信頼を置く根拠が欲しいです。傲慢かもしれませんが、もし自分ががんになったならば、確実にそう願うと確信しています。

しかし、医学的な内容で、素人である患者が医師の批評をすべきではないです。

僕は患者のためを思ってくれる医師に信頼を置いて治療をお願いしたいです。

患者のことを第一に考えてくれる医師のしてくれた治療ならば、結果いかんで医師を恨むことはないです。

(そのつもりではいますが、実際に自分がそうなったら、自分の弱い心が増幅されて恨んでしまうのかもしれません。ただ、そうありたくないと思いっています。)

結果論で医師を批判することは間違っています。患者が医師を批判するのならば、それは医師の心根に対してしかないです。

そして、本当に悪意のない誠実な医師ならば、行う治療に対して患者を納得させているはずです。なので、その結果に対しても患者はある程度納得するはずです。

患者が治療の結果に納得できないということは、治療法を決める段階で、患者がしっかりと納得できていなかった可能性が高いのです。

結果論で医師を批判するのは良くないと思うのですが、そもそも、治療の結果に対して患者に納得してもらえていないということは、治療前にその医師の誠意を持った説明が足りなかったとも言えます。

 

現在の乳がんの治療法は、標準治療と呼ばれる確立したものがあって、医師によってそう大きな違いはないです。

(大きな違いはありませんが、細かい違いは多くあります。また、遠隔転移してからの治療は、標準治療として確立されてはいません。)

なので、ある医師の乳がんの治療法に不満を持った患者が、別の医師や病院のセカンドオピニオンに行ったが、ほぼ同じ治療法を提案されたということも少なくないようです。

いずれかの医師を信頼して、手術や他の治療をまかせるしかないです。

何を基準に信頼すべきなのか?

信頼する理由は、その医師の治療に対する説明に納得できるかどうか、しかないと思います。

では、納得できる説明とは何か?

 

僕は前回のブログ「乳がんの治療で医者に頼れないこと」で、「治療内容は医師に任せたとしても、乳がんをどの程度治療するかは患者自身が決めなければならない」と書きました。

これを元にして、僕が考える乳がんの患者の納得できる医師の説明はこうなります。

「患者がどの程度治療するかに医師は口を出さず、患者に対して全ての治療法の選択肢とその予想される結果を告げること」です。

医師も患者も自分の領分を出て、いいことなどないと思います。

医師の領分は、医学的な事実を患者に知らせ、患者の選択した治療を実行する。患者の領分は、医師に聞いたことを元に、自分の希望にあった治療を医師にお願いする。

それだけです。それ以外のことをするから、おかしいことになるのです。

 

患者が医師に医学的なこと以外のことを聞きたくなるのは、ある程度は仕方がないと思います。ましてや乳がんのような病気ならば、患者が医師に医師以上の態度を求めてしまうことも、あるかもしれません。

恐くて仕方のない気持ちを医師になんとかして欲しいと思う。キツいことを言いますが、乳腺科の医師の仕事は乳がんを治すことで、患者の心のケアまでは仕事ではないです。

もちろん、患者の心のケアまでしてくれる医師も少なくはないでしょうし、それを患者が求めることは、普通にあることだと思います。

ただ、患者の心のケアは医師が絶対にやらなければならない仕事ではないがゆえに、患者がそれを求めると、患者にとって不利益になってしまう可能性があります。

医師の仕事は患者の身体的なケアです。患者の身体に異常があれば、医師の責任になります。

患者の精神的なケアは医師の仕事ではありません。患者の精神に悪影響が出ても、医師の責任ではありません。

悪意的で不誠実な医師ならば、患者の身体的な異常には責任を持ちますが、患者の精神的な悪影響には責任を持ちません。なので、好き勝手に無責任な精神的アドバイスをします。

 

僕の彼女の主治医は、彼女に自分の勧める治療を行わなかった場合の恐怖を語ってきました。恐怖を語ることは、医師の仕事ではありません。

考えてみて下さい。最悪の事態を想定した恐怖は、医師でなくとも想像できます。例えば、「手術失敗の恐怖」を拡大解釈し延々と語れば、恐くて手術が受けられなくなります。どんなに有用な手術でも、恐怖が勝って手術が受けられなくなってしまう可能性があるのです。

 

これらのことから、誠実な医師と不誠実な医師を考えるとこうなります。

誠実は医師は、医学的なことのみを説明し、患者に選択肢を与え、患者に自ら治療法を決めさせます。患者の精神面には自分からは口を出しません。患者から求めてきた時のみ、精神的なこともアドバイスするはずです。そして、そのアドバイスに関しても、本来持っている患者の気持ちを無理に変えようとせず、なるべく本来の患者の希望に合った治療法を提案することになるはずです。治療法の話し合いの主体は患者だということを忘れないです。

これらと逆のことをする医師は悪意があり不誠実だと言わざるを得ません。

 

結局のところ、患者が納得できるかできないかが全てです。

他の病気ならばいざ知らず、乳がんの治療に関しては患者が納得しない治療法などまったく意味がないと言い切れます。乳がんは治療法に関わらず、絶対に治るとも絶対に治らないとも、どちらとも言い切れないからです。

 

 

最後までお読み頂きありがとうございます
よろしければ応援クリックお願い致します




にほんブログ村

乳がんの治療をするにあたって、患者自身がまず決めなければならないことがあります。

それは医師に決めてもらうことも可能ではあることなのですが、おまかせすると、あまりいい結果にはならないと思います。

それを自分が決めなければならないと知らずに、いつの間にか勝手に医師に決められてしまう場合もあります。

そうなると、医師に不信感をもってしまったり、乳がんの治療自体に絶望を感じてしまうこともあります。彼女と僕は、そうなりかけました。

患者自身がまず決めなければならないこととは、乳がんをどの程度治療するか、です。

 

どの程度治療するかを医師が決めずに患者が決めることは、普通の病気では考えられないはずです。なぜなら、普通の病気ならば、どの程度治療すればその病気が治るのかを医師が予想できるからです。

そういう意味で乳がんは特殊な病気だと言えます。

今現在の医療の技術では、乳がん治療の大部分は、乳がんが進行してしまうことを食い止めようとする予防なのです。

乳房から他の臓器へ転移が確認される前まで(ステージⅢまで)の治療は、全て転移を予防するための治療です。

(リンパ節転移は他の臓器への転移と大きく違います。今回のブログでの「転移」は全て他の臓器への転移(遠隔転移)を指すことにします。)

転移が確認されてからの治療も、転移先の臓器の機能を直接的に回復させようとしたり、鎮痛を目的とする治療以外は、やはり予防です。ホルモン療法や抗がん剤治療はすべて予防と言えます。

 

予防は直接的な治療ではないので、確率でしか効果を測れません。

乳がんの治療の多くは予防なので、つまり乳がんの治療の多くは確率でしか効果を予想できないのです。

厳しい現実ですが、乳がんの治療はできることを全てやったとしても治る確率が高くなるだけで、確実に治るとは言い切れません。逆に、乳がんの治療はまったく何もやらなかったとしても、確実に転移したり亡くなったりするとは限りません。

そして、乳がんの治療法一つひとつには、大なり小なり副作用があります。なので、「乳がんの治療で、わずかにでも効果があることは全て行う」ということは推奨されません。

一般的な標準治療で、例えば抗がん剤治療のような比較的副作用の強い治療法は、ある程度の治療効果が出ると予想される場合にしか適用されません。

こういった事情により、乳がんの治療は、効果と副作用のバランスを取りながら、確率的に決めなければならないのです。

 

例えば、ホルモン療法などの比較的副作用の軽いと言われている治療法で、転移再発率が数十%など大きく減らせると予想できる場合に、その治療法は必須になります。

逆に抗がん剤治療などの比較的副作用の大きいと言われている治療法で、転移再発率が数%も下げられないなど、小さい効果しか予想されない場合は、その治療法は推奨されません。

(もちろん副作用は必ず出るとは限りません。ホルモン療法も化学療法も副作用は個人差が大きいです。)

ですが、患者が希望すれば、一応どちらの場合でも治療を拒否したり治療を追加したりできます。

ホルモン療法の効果が大きいと予想される場合でも、患者がやりたくないと言えばホルモン療法をしないことはできますし、逆に効果がほぼないと予想される場合以外は、希望すればどんな患者でも抗がん剤治療を受けることはできます。

ですが、ここで重要なことがあります。

効果が大きい、効果が小さい、というのは患者が決めることで医師が決めることではないということです。

人によっては、転移再発率が数%でも(例え1%でも)下げられることは、とてつもなく大きいと感じるかもしれません。

逆に、僕の彼女のように、転移再発率が25%から10%程度引き下げられるために、5年間もホルモンを制御する薬を飲みたくない、と考える患者もいるのです。

 

こういった治療の量に対する考え方が患者と主治医でズレてしまうと、治療にとって絶対にいいことはありません。

ズレてしまった場合にいいことがないのは言わずもがななのですが、最悪の場合は、初めにも言ったように、医師がそれを勝手に決めてしまう場合もあるのです。

医師があまり治療をしたくない患者に対して強引に(危険だと脅して)治療しようとしたり、逆にもっと治療して欲しいの望む患者に対して、それ以上する必要はないと治療させない場合もあるのです。

これらは全て程度の問題ですが、しかし、乳がんの治療が確率的な予想からの予防である限り、程度の問題がとても重要なのです。ある意味では、乳がんの治療は程度が全てとも言えるはずです。

 

Aという治療法は、効果が10で副作用が3だと予想されているとします。

Bという治療法は、効果が5で副作用が5だと予想されているとします。

Cという治療法は、効果が3で副作用が10だと予想されているとします。

治療法Aは、おそらく全ての医師が患者に勧めます。医師によっては「絶対にやらなければならない」とまで言うかもしれません。

治療法Bは医師によって勧める具合が変わるはずです。一般的には、転移再発率が高いと予想される患者に対してはAとBを両方勧める、転移再発率が低いと予想される患者には、Aのみが勧められることが多いはずです。

治療法Cは特殊な場合のみ、医師が患者に勧めることになると思います。例えば、治療法Aに効果が認められない場合、B+Cのように勧めるなどです。

(実際の乳がんの治療法選択の場合は、こう単純明快にはなりません。例えば効果や副作用の数値が、ステージやサブタイプによって、それぞれに違ってしまいます。また、A(効果10)とB(効果5)を両方行った場合に、効果が15とならない場合がほとんどのはずです。)

 

この場合、多くの患者はA単独か、又はA+Bの治療法を選択すると思います。ですが、患者によってはA+B+Cの治療法を選択したい人もいるでしょうし、僕の彼女のようにAもBもCもやりたくない、という人も中にはいます。

これらは医師が決めることではなく、患者が決めることのはずです。なぜならば、乳がん治療は確率的な予防なので、A単独でも、A+Bでも、A+B+Cでも無治療でも、どれも絶対的な正解ではないからです。

数字やABCのように単純化すると、当たり前のように感じるかもしれません。ですが、僕と彼女は無治療かA単独を希望したにも関わらず、A+B+Cを勧められました。当然のことがなされませんでした。

またネット上の書き込みを見る限り、逆にA+B+Cを希望しているにも関わらず、それが受け入れられない場合もあるようです。明らかに過剰治療の場合ではないのにです。

 

主治医と患者の信頼関係がなければ、乳がん治療は上手く行きません。

僕は患者がなるべく早い段階で、AからA+B+Cまでのどれを取るかを大まかに決めて、主治医に伝えるべきだと思います。

これを決めるのはつらいことですが、とても重要なことです。これをまったく決めずに治療にのぞむくらいならば、大まかに決めておいて後から変更する気持ちでいる方がいいと思います。

どの治療法を選択するかの前に、どの程度治療するかを決めるべきです。

 

 

最後までお読み頂きありがとうございます
よろしければ応援クリックお願い致します




にほんブログ村

前回と前々回のブログで、僕は「大人の事情」を連呼しました。

申し訳ありませんが、察していただければありがたいです。ネット上で何かや誰かを批判する場合には細心の注意が必要なのです。

僕が彼女の主治医を批判する程度ならば、個人的な恨みつらみくらいの話にしかなりませんが(本来はこれもいいことではないですね・・・)、前回と前々回の批判の内容は、現在の乳がんの標準治療に対するものになってしまいました。

多くの乳がんの患者さんが、今現在日本では標準治療を受けているわけで、それを批判することは、今まさに治療をしている医師と治療を受けている乳がん患者さんを批判することにつながりかねません。

 

僕としては、そういった今現在の進行形で乳がんの治療を受けている人に対して、少しでも参考になることを書き残そうと思っています。

なので、現実的に医師とのやり取りの中で、患者の選択できる部分の治療に対して、有効になる情報を集めているつもりです。

僕が彼女の主治医に対して怒りを覚えたのは、その選択自体をさせようとしない姿勢を医師が取ってきたからです。

ここで僕は、「なんでこの医師は、患者の意思を尊重しないような態度を取るのだろう?」となったわけです。

この医師が患者のためを思って、誠実な理由で患者の選択を医学的に否定したのではないことは明白でした。

その答えが「大人の事情」だったわけです。そして、大人の事情に従っているのは、どうやらこの医師だけに限ったことではないようなのです。

今現在、日本で乳がんの標準治療を行う医師は、多かれ少なかれ大人の事情を内包しています。

 

医療否定本で有名な某医師は、著書でも、僕と彼女が行ったセカンドオピニオンでも「日本のがん関係の医師は、とにかく患者を脅して、治療に持ち込もうとする」と言っていました。

この医療否定本で有名な某医師に対する反論として、「この医師の言うことは極端で、話を大げさに語っている」というものが多いです。なので、僕と彼女はセカンドオピニオンが終わった後で「噂通り、言ってることが大げさだったね」と言うように話していました。

しかしその後、その大げさな話だと思っていたことが、現実に彼女の主治医によって僕たちの目の前で繰り広げられたのです。

あれは、「脅された」という表現が、他の何よりも一番ぴったりする表現だと思います。

 

また、ネット上で乳がん患者の質問に多く答えている某医師への質問を見ていても、質問者である患者がその主治医に言われたという内容は「脅された」と言えるようなものが本当に多いです。

不必要な直接的に関係のない危険性まで患者に告げて、その医師の勧める過剰気味の治療を行おうとするのです。

このネット上で乳がん患者の質問に答えている某医師は、そういう「ここまでやる必要があるのですか?」という質問に辟易している様子でした。

 

僕が言っていることも、今更なのかもしれません。

以前から、風邪を引いただけの患者に抗生物質を飲ませる是非が問題になったり、血圧降下剤を上が130くらいから飲むことを推奨するのがおかしいのではないかと議論になったり、ワクチンの副作用が問題になったり・・・

日本の医療は以前から健全ではない部分も大きかったのが実態なのでした。

 

ですが、現在の乳がんの標準治療を批判しても、何も生まれませんね。

これからは、なるべく批判はせずに、「別の方法もあるんじゃないのかな~」的にゆるく書いて行こうと思います。

「僕なら、こう考えるな~」

「僕なら、その治療法より、こっちの治療法を取るな~」

「僕なら、その医師の言うことより、こっちの医師の言うことを信じるな~」

「僕なら、この病院を見切って、こっちの病院に転院するな~」

「僕なら、どの医師でも言ってることは結局は大同小異だと思うから、日本の乳がんの標準治療自体がおかしいんだと思うな~」

・・・

しゃ、しゃべり口調を変えても、何も変わりませんでした・・・

ぼ、僕の性格の問題でしょうか・・・

 

とにかく、僕は僕の視点からしか意見を言えません。素人なので、医者が言うことがおかしいと言うのは出過ぎたことなのかもしれません。

ただ、慎重に情報を集めていくと、医師の間でも意見が違っているものもあります。

それだけならまだしも、医師の間で合意されているはずのことに対して、医師自身が矛盾してしまっていることもあるのです。

温存手術の局所再発について、僕はそれを強く感じました。

 

「それは間違っているぞ!」と声高に僕が主張するのはいろいろと問題がありそうなので

これからは、「間違っているんじゃないかな~」くらいのスタンスで行きたいと思っています。

 

僕は乳がん治療の業界には、

「何か大人の事情があるんじゃないかな~」と思っています。

 

 

最後までお読み頂きありがとうございます
よろしければ応援クリックお願い致します




にほんブログ村

PAGE TOP