乳がんの治療をするにあたって、患者自身がまず決めなければならないことがあります。

それは医師に決めてもらうことも可能ではあることなのですが、おまかせすると、あまりいい結果にはならないと思います。

それを自分が決めなければならないと知らずに、いつの間にか勝手に医師に決められてしまう場合もあります。

そうなると、医師に不信感をもってしまったり、乳がんの治療自体に絶望を感じてしまうこともあります。彼女と僕は、そうなりかけました。

患者自身がまず決めなければならないこととは、乳がんをどの程度治療するか、です。

 

どの程度治療するかを医師が決めずに患者が決めることは、普通の病気では考えられないはずです。なぜなら、普通の病気ならば、どの程度治療すればその病気が治るのかを医師が予想できるからです。

そういう意味で乳がんは特殊な病気だと言えます。

今現在の医療の技術では、乳がん治療の大部分は、乳がんが進行してしまうことを食い止めようとする予防なのです。

乳房から他の臓器へ転移が確認される前まで(ステージⅢまで)の治療は、全て転移を予防するための治療です。

(リンパ節転移は他の臓器への転移と大きく違います。今回のブログでの「転移」は全て他の臓器への転移(遠隔転移)を指すことにします。)

転移が確認されてからの治療も、転移先の臓器の機能を直接的に回復させようとしたり、鎮痛を目的とする治療以外は、やはり予防です。ホルモン療法や抗がん剤治療はすべて予防と言えます。

 

予防は直接的な治療ではないので、確率でしか効果を測れません。

乳がんの治療の多くは予防なので、つまり乳がんの治療の多くは確率でしか効果を予想できないのです。

厳しい現実ですが、乳がんの治療はできることを全てやったとしても治る確率が高くなるだけで、確実に治るとは言い切れません。逆に、乳がんの治療はまったく何もやらなかったとしても、確実に転移したり亡くなったりするとは限りません。

そして、乳がんの治療法一つひとつには、大なり小なり副作用があります。なので、「乳がんの治療で、わずかにでも効果があることは全て行う」ということは推奨されません。

一般的な標準治療で、例えば抗がん剤治療のような比較的副作用の強い治療法は、ある程度の治療効果が出ると予想される場合にしか適用されません。

こういった事情により、乳がんの治療は、効果と副作用のバランスを取りながら、確率的に決めなければならないのです。

 

例えば、ホルモン療法などの比較的副作用の軽いと言われている治療法で、転移再発率が数十%など大きく減らせると予想できる場合に、その治療法は必須になります。

逆に抗がん剤治療などの比較的副作用の大きいと言われている治療法で、転移再発率が数%も下げられないなど、小さい効果しか予想されない場合は、その治療法は推奨されません。

(もちろん副作用は必ず出るとは限りません。ホルモン療法も化学療法も副作用は個人差が大きいです。)

ですが、患者が希望すれば、一応どちらの場合でも治療を拒否したり治療を追加したりできます。

ホルモン療法の効果が大きいと予想される場合でも、患者がやりたくないと言えばホルモン療法をしないことはできますし、逆に効果がほぼないと予想される場合以外は、希望すればどんな患者でも抗がん剤治療を受けることはできます。

ですが、ここで重要なことがあります。

効果が大きい、効果が小さい、というのは患者が決めることで医師が決めることではないということです。

人によっては、転移再発率が数%でも(例え1%でも)下げられることは、とてつもなく大きいと感じるかもしれません。

逆に、僕の彼女のように、転移再発率が25%から10%程度引き下げられるために、5年間もホルモンを制御する薬を飲みたくない、と考える患者もいるのです。

 

こういった治療の量に対する考え方が患者と主治医でズレてしまうと、治療にとって絶対にいいことはありません。

ズレてしまった場合にいいことがないのは言わずもがななのですが、最悪の場合は、初めにも言ったように、医師がそれを勝手に決めてしまう場合もあるのです。

医師があまり治療をしたくない患者に対して強引に(危険だと脅して)治療しようとしたり、逆にもっと治療して欲しいの望む患者に対して、それ以上する必要はないと治療させない場合もあるのです。

これらは全て程度の問題ですが、しかし、乳がんの治療が確率的な予想からの予防である限り、程度の問題がとても重要なのです。ある意味では、乳がんの治療は程度が全てとも言えるはずです。

 

Aという治療法は、効果が10で副作用が3だと予想されているとします。

Bという治療法は、効果が5で副作用が5だと予想されているとします。

Cという治療法は、効果が3で副作用が10だと予想されているとします。

治療法Aは、おそらく全ての医師が患者に勧めます。医師によっては「絶対にやらなければならない」とまで言うかもしれません。

治療法Bは医師によって勧める具合が変わるはずです。一般的には、転移再発率が高いと予想される患者に対してはAとBを両方勧める、転移再発率が低いと予想される患者には、Aのみが勧められることが多いはずです。

治療法Cは特殊な場合のみ、医師が患者に勧めることになると思います。例えば、治療法Aに効果が認められない場合、B+Cのように勧めるなどです。

(実際の乳がんの治療法選択の場合は、こう単純明快にはなりません。例えば効果や副作用の数値が、ステージやサブタイプによって、それぞれに違ってしまいます。また、A(効果10)とB(効果5)を両方行った場合に、効果が15とならない場合がほとんどのはずです。)

 

この場合、多くの患者はA単独か、又はA+Bの治療法を選択すると思います。ですが、患者によってはA+B+Cの治療法を選択したい人もいるでしょうし、僕の彼女のようにAもBもCもやりたくない、という人も中にはいます。

これらは医師が決めることではなく、患者が決めることのはずです。なぜならば、乳がん治療は確率的な予防なので、A単独でも、A+Bでも、A+B+Cでも無治療でも、どれも絶対的な正解ではないからです。

数字やABCのように単純化すると、当たり前のように感じるかもしれません。ですが、僕と彼女は無治療かA単独を希望したにも関わらず、A+B+Cを勧められました。当然のことがなされませんでした。

またネット上の書き込みを見る限り、逆にA+B+Cを希望しているにも関わらず、それが受け入れられない場合もあるようです。明らかに過剰治療の場合ではないのにです。

 

主治医と患者の信頼関係がなければ、乳がん治療は上手く行きません。

僕は患者がなるべく早い段階で、AからA+B+Cまでのどれを取るかを大まかに決めて、主治医に伝えるべきだと思います。

これを決めるのはつらいことですが、とても重要なことです。これをまったく決めずに治療にのぞむくらいならば、大まかに決めておいて後から変更する気持ちでいる方がいいと思います。

どの治療法を選択するかの前に、どの程度治療するかを決めるべきです。

 

 

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「彼女が乳がんになって変わったこと」を書いてみます。

この書き方だと、彼女が変わったことなのか、僕が変わったことなのか、二人の間で変わったことなのかが分かりませんね。全部書いてみます。

 

まず、彼女はほぼ変わっていません。彼女には乳がんの診断を受けたことを機に、できれば健康に気を付ける人になってもらいたかったのですが・・・

彼女に、折に触れて心境や考え方や乳がんに対することなどを聞いているのですが、なんというか、本当に心から乳がんなどには(何もしなくても)負けないと思っているようです。

まあ、ふさぎ込んでしまったり、気にし過ぎて神経質になってしまったりするよりはいいのかもしれません。

 

彼女は術後の再発予防としてタモキシフェンを飲むつもりなのですが、それがのびのびになってしまっていて、まだ飲み始めていません。副作用が強くないことを願っているのですが、どうなることでしょう・・・

こればっかりは飲んでみないと分からないことです。個人差の大きいことのはずです。まずは飲んでみて、様子を見るしかないですね。

 

彼女が乳がんになった影響で、僕が変わった部分はいくつかあります。一番大きいことは、医者嫌いになったことですかね・・・

以前にこのブログで書いたことですが(「人当たりの良い医者」の回です)、彼女は最寄りの婦人科のクリニックに始まり、大学病院で検査をして、最終的にがん専門の大病院に転院しました。

そして、同時期に僕の母親に肺がんの疑いがあり、母もいくつもの病院で見てもらいました。最終的に母は肺がんではなく、肺炎でした。

なので、この時期に僕は多くの医者に彼女と母のがん(の疑い)について診察に付き合いました。

正直に言って、信頼できるなと思える医者は少なかったです。

ほとんどの医者は、説明がやたらと回りくどかったり、患者の危険を必要以上にあおったり、でした。「大丈夫です」と言い切って、大丈夫ではなかった場合の責任が発生してしまうことを恐れてばかりいるようでした。

おそらく、そういうご時世なのでしょう。

医師が患者に誤診として訴えられることが、一昔前より増えているのでしょう。

仕方がないこととは言え、そのせいで、何が重大なことで何が大したことがないのか、そういう重要なことの大小を測りかねてしまいました。

偉そうに言わせてもらうと、医師はプロなのですから、誤診を含めて自分の診断に責任とプライドを持つべきなのではないかと思った次第です。

まあ、クレーマー患者もいるのかもしれませんが・・・

 

彼女が乳がんになった影響で僕が変わったことは、健康に気を付けるようになったこともあります。食べ物などをかなり気を付けるようになりました。

以前から健康に関する知識には興味があって、いろいろ調べるのは好きだったのですが、実際に健康的な食生活を送るまでには至っていませんでした。

彼女と付き合い始めてからは、二人での外食が多くなりました。ラーメンが大好きで、彼女とよく食べていました。

今はなるべく外食を控えています。僕の料理の腕も少しずつ上がってきていると思います。

か、彼女のおかげですね・・・

 

僕が「お願いだから、もう少し健康的な食べ物を食べたり、健康的な生活習慣をつけてね」と頼んで、彼女が「どうしよっかな~。」と悩む(?)ような二人の関係は以前から変わっていません。

彼女は基本的に言っても聞かない。なので、彼女に健康的な生活習慣と食生活をおくってもらうには、まず僕自身がそれを実践して見せるしかないのです。

そして僕がどんどん健康になっていくのです。

か、彼女のおかげですね・・・

 

話は変わりますが、もしかすると、彼女が乳がんになって一番変わったことは、僕がブログを始めてほぼ毎日更新するようになったことなのかもしれません。

「活字中毒」という言葉がありますが、僕はそれに近い「タイピング中毒」になっているような気もします。

カタカタやっている瞬間が一番落ち着くような・・・

乳がんについていろいろ調べたことを書いたり、実際の彼女の診察や治療の一連の経験を文章にしたりしてみる。

それが多くの人に読んでもらえる可能性があるのですから、とてもやりがいを感じます。気づけば毎日繰り返いしていて、ブログが中毒と言えるくらい好きになってしまったのかもしれません。

 

本当に、こんなことを書いていられるくらい、彼女は乳がんの診断を受けても変わっていないのです。彼女の気の強さで、僕が救われていることは間違いないです。

 

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彼女は温存手術後の放射線治療をしないつもりです。前回の診察でその旨を主治医に告げた結果、「主治医に脅されました」の回のようなやり取りになってしまい、次の診察まで一旦保留ということになりました。

まあ、そのやり取りはさんざん書かせてもらったので、今回はもう触れないことにします。

ただ、その時に主治医から聞いた話なのですが、多くの乳がん患者の中には一定の割合で、彼女のように治療をしないことを選択する人がいるようなのです。

その主治医の患者では、ルミナールタイプの乳がんでタモキシフェンすらやらない完全に無治療を選択する人が前年度の中に1人いて、これは約1%に当たるそうです。他の患者も大体そのくらいの割合で無治療を希望する人がいるそうです。

この数字は、手術後の無治療の話です。手術(=局所治療)も拒否する人は、これより少ないはずです。

 

僕は彼女と乳がんの治療方針について、とても多くの時間を使って話し合っています。なので、彼女の気持ちは大体理解できているつもりです。(まあ、いまだに「大体」なのですが・・・)

ただ、これが彼女以外の人が無治療を望む場合だったら、僕はどうするのか。どうすべきなのか。非常にナーバスで難しいことです。

このブログを読んで下さっている方の中に、そういった経験をされる方が出る可能性は低いとは思いますが、一応、僕が知りえたことを書き残しておこうと思います。

 

僕の彼女に関して言えば、あらかじめ危険を察知したり回避したりする能力が少し(かなり?)低いような気がします・・・

なんというか、そのままなんですが・・・

なので、純粋にリスクの管理ができていないがゆえに、無治療を選択しているフシもあります。

恐れという感情が異様に乏しいのです。

そんな単純なことなのか?と思われるかもしれませんが、それが半分くらいは占めていると思います。

そして、これは僕のカンでしかないですが、彼女のような恐れがないゆえに、がんのような病気で無治療を選ぶ人は他にも存在すると思います。

なぜならば、彼女を見ていて、恐怖の感情が欠如していてその分の欠陥があるだけ女性には見えないからです。生物的にみて、恐怖の欠如がただの欠損には見えない。

要するに、恐れという感情が乏しいことが、彼女の悪い部分になると同時に、良い部分にもなっている。

まあ、言ってみると、当たり前のようなことなんですが・・・

 

彼女は自分が恐れをほとんど抱かない性格であることを誇りに思っているようです。そういう人は彼女以外にも多いはずです。

そういう人は、それまで生きてきた中で、恐れなかったゆえに得をしたことがあるはずです。恐れなかったゆえに褒められたこともあるはずです。

実際に恐れを顧みずに勇敢に戦う人は恰好いい。

しかし、一つ問題があります。

本当は恐いが強い意志で恐れを克服して、そして勇敢に戦っている場合と、最初から恐れという感情がなく、その人としては普通に行動しているだけで勇敢に見えてしまう場合とあり、その違いは普通の感覚の人間には区別し難いのです。

なので、最初から恐れの感情が乏しい人間というのは、素の自分を出すと勇敢だと褒められることになるので、自分を隠さなくなります。そして、必要以上にどんどん恐れの感情を破棄していく。

それが高じて、本来は恐れなければいけない場面で、意図的に恐れを破棄しようとしてしまうのです。彼女のように・・・

そして、周りが困る・・・

お、恐ろしい・・・

 

乳がんの治療以外の部分で、僕は彼女の「必要以上に恐れを破棄する」部分を多く見ています。なので、こういったことが、彼女の乳がんの治療法選択にも影響を与えていると強く感じます。

乳がんの治療について、強気に無治療や最低限の治療を選択することを、今回のブログでは言及しないことにします。そもそも、それが「強気」と呼べるのかも、僕には分かりません。

彼女は強気に「健康な私ならば、再発などしないだろう」と言うので、「強気」になっていることは間違いないのですが。

 

ただ、彼女についてではなく、少し一般化して「強気」になって、乳がんで無治療を選択する人に対して言えることがあります。

おそらく、こういった人たちにとって無治療を選択することは、自分の良いところを出している瞬間なのだと思います。

嫌な言い方をしますが、こういう人たちにとって無治療の選択は「強い自分を見せている瞬間」なのです。全てとは思いませんが、そういう意味合いを含んでいるのだと思います。

がんのような重大な病気ではなく、軽い風邪や軽いケガで「こんなのほっとけば治るよ」と言うことならば、想像できるはずです。その延長線上の可能性があります。

「強気」を否定することは、その人の長所を否定することになる。その人との関係性に悪い影響を与える可能性があります。

また、何かアドバイスをしようとしても、「生き方、人生観が違う」ということになって終わってしまう可能性があります。「せっかく心配してあげてるのに!」となってしまう可能性もあります。

ナーバスな問題です。

「自分ならこうする」や「一般的にはこうだ」というアドバイスは、逆効果になる可能性があるのです。

というか、僕は実際に逆効果になりました・・・

 

 

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